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三重県の続日本100名城スタンプまとめ3選 | 津城・田丸城・多気北畠氏城館跡

紘美(Hiromi)@旅行アドバイザー

自然派・コスパ旅専門の観光ブロガー。 現在、旅行業国家資格「国内旅行業務取扱管理者」取得に向け勉強中。 記事では実際に現地を訪れ、宿泊・体験したリアルな感想をもとにレビューを執筆。 「旅行前に読むだけで、その土地の魅力が一段深く味わえる」をコンセプトに発信しています。 コスパ重視の満足度の高い旅を求める方に向けて、リアルで実用的な情報をお届けしています。

この記事では、三重県の続日本100名城に選定されている名城「津城」「田丸城」「多気北畠氏城館跡」をまとめた記事になっています!

ぜひ、この記事を読んであなたも三重県を代表する名城へ訪れてみてくださいね!

三重県の続100名城4選

津城

津城の概要

津城は、三重県津市の中心部に築かれた平城で、戦国時代の天正8年(1580年)に織田信長の弟・織田信包によって築城されました。

安濃川と岩田川に挟まれた低地に築かれ、両河川を天然の堀として利用した防御性の高い城であったことから、「水城」として知られています。

交通・水運・軍事の要衝という恵まれた立地を活かし、戦国時代から江戸時代にかけて伊勢国を代表する城郭の一つとして発展しました。

津城は、織田政権による伊勢支配の拠点として築かれた後、豊臣政権下では富田知信・信高親子が城主となり、城下町の整備が進められます。

そして慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いの前哨戦として知られる「安濃津城籠城戦」の舞台となりました。

当時の城主・富田信高は東軍として出陣しており、城には家臣団や町民による義勇兵が残されていました。

そこへ毛利秀元率いる約3万人の西軍が攻め寄せると、約1,700人の籠城軍は広大な堀や堅固な城郭を活かして果敢に応戦し、その奮戦ぶりは全国に知られることとなります。

この戦いは津城を語るうえで欠かせない歴史の一場面であり、城が持つ高い防御力を物語っています。

関ヶ原の戦い後の慶長13年(1608年)には、徳川家康の命により築城の名手・藤堂高虎が伊勢・伊賀32万石余の領主として津城へ入城しました。

高虎は津城を単に修復するのではなく、本丸を拡張し、高石垣や三重櫓、多聞櫓、鉄門などを備えた近世城郭へと大規模に改修します。

また、人工の堀と安濃川・岩田川を組み合わせた「水城」としての特徴をさらに強化し、防御性を飛躍的に高めました。

高虎の功績は城郭だけにとどまりません。

城下町を計画的に整備し、参宮街道を城下へ引き込むことで、人や物の流れを町へ集め、政治・経済・交通の中心地として津を大きく発展させました。

現在の津市中心部の町割りには、この時代に築かれた都市計画の名残が今も受け継がれており、城と城下町が一体となって発展した様子を感じることができます。

明治維新後、廃藩置県と廃城令によって津城はその役割を終え、多くの建物は取り壊されました。

しかし、本丸を囲む堅牢な石垣や広大な内堀は現在も良好な状態で残されており、往時の姿を今に伝えています。

昭和33年(1958年)には本丸北東隅の丑寅櫓が外観復元され、美しい白壁と石垣が織りなす景観は津城跡を象徴する風景となりました。

現在の津城跡は「お城公園」として整備され、市民の憩いの場であるとともに、多くの観光客が訪れる歴史スポットとなっています。

春には約1,000本の桜が咲き誇る県内有数の花見の名所として賑わい、園内には藤堂高虎公の銅像や日本庭園も整備され、四季折々の景色を楽しみながら散策できます。

また、続日本100名城にも選定されており、歴史的価値の高さは全国的にも評価されています。

戦国時代に誕生し、安濃津城籠城戦という激戦を経て、藤堂高虎によって近世城郭へと大きく発展した津城。

現在も石垣や堀、復元された丑寅櫓、そして城下町の面影が残り、約450年にわたる歴史を身近に感じることができます。

歴史好きはもちろん、城郭ファンや写真愛好家、四季の風景を楽しみたい方まで幅広く楽しめる、津市を代表する歴史・観光スポットです。

紘美(笑顔)
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写真映えする津城

津城跡には、戦国時代から江戸時代にかけての歴史を感じられる見どころが数多く残されています。

シンボルとなっている模擬三重櫓をはじめ、築城の名手・藤堂高虎が築いた石垣、往時の天守を偲ばせる天守台、高虎の銅像と遺訓、防御施設として設けられた埋門、そして津藩の教育を今に伝える入徳門など、それぞれに異なる魅力があります。

城跡を歩きながら各スポットを巡ることで、戦国時代から江戸時代、そして現代へと受け継がれてきた津城の歴史をより深く体感できるでしょう。

現在の津城跡を象徴する存在が、昭和33年(1958年)に市民の募金活動や行政の支援によって建てられた模擬三重櫓です。

白漆喰の美しい外観や千鳥破風・唐破風を備えた姿は近世城郭の雰囲気を感じさせ、お城公園を代表する撮影スポットとして親しまれています。

土・日曜・祝日には内部が公開され、展示資料を見学しながら最上階から津市街を一望することができます。

次の写真は、本丸や西の丸に残る石垣です。築城当初の野面積みから、高虎による算木積みや打込みはぎ・切込みはぎへと発展した石垣技術を一度に観察できるのが大きな魅力です。

石材に残る矢穴や刻印なども見どころで、約450年にわたる築城と修復の歴史を物語っています。

本丸に残る天守台は、かつて津城の天守が建っていた場所です。

天守は戦乱や火災によって失われましたが、現在も石垣や穴蔵などの遺構が残されており、往時の壮大な姿を想像しながら見学できます。

築城当初の遺構と藤堂高虎による改修の痕跡が共存している点も見逃せません。

本丸広場には、津藩初代藩主・藤堂高虎の銅像と「高山公遺訓二百ヶ条」の一節が刻まれた碑が建てられています。

戦国武将として数々の戦を経験し、優れた築城家としても名を残した高虎の思想や人生観に触れられるスポットであり、津城の歴史を語るうえで欠かせない場所となっています。

本丸南側の石垣には、有事の際の脱出口として設けられた埋門が残されています。

周辺では算木積みや切込みはぎなど高度な石垣技術を間近に見ることができ、防御性を重視した城づくりの工夫を実感できます。

華やかな建物とは異なる、実戦的な城郭の一面を知ることができる見どころです。

津城跡に建つ入徳門は、江戸時代後期に津藩の藩校「有造館」の正門として建てられた歴史的建造物です。

城郭遺構ではありませんが、津藩が教育や人材育成を重視していたことを今に伝える貴重な文化財であり、幾度もの移築や修復を経て現在まで大切に受け継がれてきました。

城の歴史だけでなく、津藩の文化や教育にも触れられるスポットとして、ぜひあわせて見学してみてください。

紘美(笑顔)
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[ 続100名城スタンプ ] 高山神社 社務所に設置

津城を訪れた際に、ぜひチェックしておきたいのが「日本続100名城スタンプ」です。
城巡りを楽しむ方にとっては定番の記念アイテムで、訪問の証として人気があります。

津城は、日本全国にある数多くの城の中から選ばれた「続日本100名城」のひとつに数えられています。

この選出は、日本の代表的な名城を選定し、その歴史や文化を広く伝えることを目的としたもので、選ばれるのはわずか100城のみです。

続日本100名城スタンプとは、各城に設置されている専用の記念スタンプで、専用のスタンプ帳に押して集めていく楽しみ方が一般的です。

城ごとにデザインが異なり、その城の特徴や象徴が表現されているため、コレクション性が高いのも魅力です。

津城でもスタンプが設置されており、登城の記念として気軽に楽しむことができます。

すでにスタンプ帳を持っている方はもちろん、これから集めてみたいという方にとっても、旅の楽しみを広げてくれるきっかけになるはずです。

津城の続日本100名城スタンプは、

津城跡南西側にある高山神社社務所前にて用意されています。

高山神社社務所の営業時間は、9:00〜16:00です。

御城印とあわせて集めることで、より思い出に残る観光体験になるため、訪れた際は忘れずにチェックしておくのがおすすめです。

紘美(笑顔)
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日本100名城記念スタンプをコレクションしようと思っている方へ

100名城記念スタンプをコレクションする大切なものとして「100名城スタンプ帳」があります。

スタンプ帳は、公益財団法人 日本城郭協会の公式スタンプ帳があるので、こちらもお忘れなく。

スタンプ帳は、以下からAmazon(ネット通販)にて手に入れれます。

ぜひ、日本の多数のお城の中から選び抜かれた名城200城をスタンプ帳と共に巡ってみてくださいね。


アクセス

車でのお越しの場合

車でお越しの方は、津城跡すぐ東隣にある「津市営お城東駐車場」を利用することができます。

駐車場情報は以下の通りです。

  • 営業時間:7:00 〜 22:00
  • 駐車料金:100円/30分まで
         以降 50円/30分 最大1000円
  • 駐車台数:160台ほど
  • イベント時:休日は混雑しやすいため注意

この駐車場が満車で利用できない場合は、津城跡西隣の「津市役所駐車場(無料)」を使うこともできます。
※津市役所駐車場は未取材で営業時間等調べても出てこなかったため、詳細は記載していません。

紘美(笑顔)
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バイクでのお越しの場合

車でお越しの方は、津市役所の駐輪場を利用することができます。

駐車場情報は以下の通りです。

  • 営業時間:24時間
  • 駐車料金:無料
  • 駐車台数:20台ほど
  • イベント時:休日は混雑しやすいため注意
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交通機関でのお越しの場合

交通機関でお越しの方は、津新町駅にてお越しいただけます。

交通機関情報は以下の通りです。

  • [ 近鉄 ] 名古屋線「津新町駅」下車 → 徒歩15分
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現地取材のレビュー記事

さらに詳しくチェックしたい方は、以下旅行アドバイザーが現地取材で執筆した記事があります。

ぜひ、チェックしてみてください。

現地取材記事を見る


田丸城

田丸城の概要

田丸城は、三重県玉城町にある平山城で、南北朝時代の延元元年(1336年)に北畠親房によって築かれました。

南朝方の重要拠点として誕生したこの城は、約650年にわたる歴史の中で北畠氏、織田氏、稲葉氏、紀州徳川家と城主を変えながら発展を続け、現在は「続日本100名城」に選ばれる玉城町を代表する歴史遺産となっています。

田丸城が築かれた14世紀は、日本が南朝と北朝の二つの朝廷に分かれて争った南北朝時代の始まりでした。

後醍醐天皇を支えた北畠親房は、南朝勢力を維持するため各地に拠点を築く役割を担い、交通や軍事の要衝であり、伊勢神宮を擁する伊勢国の重要性に着目します。

そして延元元年(1336年)、現在の玉城町に田丸城を築き、南朝方の拠点としました。

しかし、伊勢国は南朝・北朝双方にとって戦略上重要な地域であったため、田丸城は幾度となく戦乱に巻き込まれます。

築城からわずか数年後には足利方の軍勢によって落城するなど激しい攻防を経験しましたが、その後は再び北畠氏の支配下に戻り、一族の田丸氏が城主を務めるようになります。

以後、田丸城は伊勢南部を支配する重要拠点として受け継がれ、室町時代から戦国時代にかけて北畠氏の勢力を支える城として発展しました。

16世紀後半になると、天下統一を目指す織田信長が伊勢へ進出します。

信長は武力だけでなく外交も巧みに用い、次男・織田信雄を北畠家の養子とすることで名門・北畠氏の権威を取り込みながら伊勢支配を進めました。

しかし、その後に起きた「三瀬の変」によって北畠氏は事実上滅亡し、約200年続いた伊勢国司・北畠氏の時代は幕を閉じます。

田丸城へ入った織田信雄は、中世の山城だった城を近世城郭へと大規模に改修しました。

三層天守の築造や枡形虎口の整備など、当時としては最新の築城技術を取り入れ、防御力を大きく向上させます。

この改修によって田丸城は、北畠氏の居城から織田氏による伊勢支配の拠点へと生まれ変わりました。

しかし、天正8年(1580年)に発生した大火によって天守をはじめとする主要建築が焼失し、信雄は新たな居城である松ヶ島城へ移ることになります。

本能寺の変後の混乱では、小牧・長久手の戦いなど戦国時代を代表する争いの影響を受けながら城主が替わり、豊臣秀吉による天下統一後には稲葉氏が田丸城を整備しました。

関ヶ原の戦いで東軍として功績を挙げた稲葉道通は、岩出城の建物や石材を移すなど大規模な改修を実施し、現在も残る壮大な石垣の多くはこの時代に整備されたものと考えられています。

江戸時代に入ると、田丸城は津藩主・藤堂高虎の領地となった後、紀州徳川家の支配下に入りました。

紀州藩では家老・久野氏が約250年にわたり城代を務め、戦乱の拠点だった城は行政や地域統治の中心へと役割を変えていきます。

一方で、風雨や災害による修復も繰り返され、慶安2年(1649年)には暴風雨によって三層天守が倒壊し、その後再建されることはありませんでした。

明治時代になると廃藩置県と廃城令によって田丸城は役目を終え、多くの建物が取り壊されました。

しかし、本丸や二の丸を囲む石垣や堀、縄張りは良好な状態で残され、富士見門や紀州藩家老・久野家の奥書院など、往時を伝える貴重な建造物も現存しています。

現在の田丸城跡は、約300本の桜が咲く花見の名所としても知られ、歴史と自然を同時に楽しめる人気の観光スポットです。

南北朝時代の誕生から戦国時代の激動、江戸時代の藩政、そして現代へと受け継がれてきた歴史を感じながら散策できることが大きな魅力であり、「続日本100名城」にふさわしい価値を持つ城跡として、多くの歴史ファンや観光客を魅了し続けています。

紘美(笑顔)
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写真映えする田丸城

田丸城跡を訪れたら、まず注目したいのが江戸時代から現存する「富士見門(長屋門)」です。

現在は門だけが残されていますが、かつては左右に長屋が続き、門番の詰所や武具の保管場所として利用されていました。

明治維新後の廃城によって多くの城郭建築が失われる中、富士見門は当時の姿を今に伝える数少ない貴重な現存建築です。

現在は玉城中学校へ続く通学路にもなっており、歴史と日常が調和する田丸城ならではの景観を楽しめます。

本丸へ向かう途中には、防御の要となった本丸虎口があります。

虎口とは城の出入口のことで、田丸城では織田信雄による大改修によって通路を直角に折り曲げた構造となり、敵を側面から攻撃する「横矢」を効果的に行えるよう工夫されました。

後の近世城郭で発展する枡形虎口を思わせる構造も見られ、戦国時代の高度な築城技術を間近で体感できる見どころです。

城内を歩くと、各所に残る壮大な石垣にも目を奪われます。

田丸城では、自然石を積み上げた野面積み、石を加工して積む打込接ぎ、さらに精巧な切込接ぎという三つの石積み技法が混在しており、約700年にわたる改修の歴史を物語っています。

場所ごとに異なる石垣を見比べながら散策すると、時代ごとの築城技術の進歩を実感できるでしょう。

城跡の最高所にある天守跡も外せないスポットです。

織田信雄によって築かれた三層天守は火災で焼失し、その後再建された天守も暴風雨で倒壊したため、現在は天守台のみが残されています。

しかし、堅固な石垣や穴蔵などの遺構からは往時の姿を想像することができ、天守台の上からは玉城町や伊勢平野を見渡す開放的な景色が広がります。

散策の前後には、田丸城跡に隣接する村山龍平記念館にもぜひ立ち寄ってみてください。

館内には田丸城跡の精巧な模型や天守の復元模型が展示されており、現在の城跡と往時の姿を比較しながら城の構造を分かりやすく学ぶことができます。

また、朝日新聞社創業者・村山龍平の功績や田丸とのゆかりについても紹介されており、歴史と文化の両面から田丸城への理解を深められます。

歴史ある城門、戦国時代の防御施設、壮大な石垣、そして天守跡から望む景色など、田丸城跡には見どころが数多く残されています。

歴史散策を楽しみながら、約700年にわたり受け継がれてきた名城の魅力をじっくり味わってみてください。

紘美(笑顔)
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[ 続日本100名城スタンプ ] 村山龍平記念館に設置

田丸城を訪れた際に、あわせてぜひチェックしておきたいのが「日本続100名城スタンプ」です。

城巡りを楽しむ方にとっては定番の記念アイテムで、訪問の証として人気があります。

田丸城は、日本全国にある数多くの城の中から選ばれた「日本続100名城」のひとつに数えられています。

この選出は、日本の代表的な名城を選定し、その歴史や文化を広く伝えることを目的としたもので、選ばれるのはわずか100城のみです。

日本続100名城スタンプとは、各城に設置されている専用の記念スタンプで、専用のスタンプ帳に押して集めていく楽しみ方が一般的です。

城ごとにデザインが異なり、その城の特徴や象徴が表現されているため、コレクション性が高いのも魅力です。

田丸城でもスタンプが設置されており、登城の記念として気軽に楽しむことができます。

すでにスタンプ帳を持っている方はもちろん、これから集めてみたいという方にとっても、旅の楽しみを広げてくれるきっかけになるはずです。

田丸城の続100名城スタンプは、村上龍平記念館にて用意されています。

村上龍平記念館の営業時間は、9:00〜16:30です。

集めることで、より思い出に残る観光体験になるため、訪れた際は忘れずにチェックしておくのがおすすめです。

紘美(笑顔)
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日本100名城記念スタンプをコレクションしようと思っている方へ

100名城記念スタンプをコレクションする大切なものとして「100名城スタンプ帳」があります。

スタンプ帳は、公益財団法人 日本城郭協会の公式スタンプ帳があるので、こちらもお忘れなく。

スタンプ帳は、以下からAmazon(ネット通販)にて手に入れれます。

ぜひ、日本の多数のお城の中から選び抜かれた名城200城をスタンプ帳と共に巡ってみてくださいね。


アクセス

車でのお越しの場合

車でお越しの方は、玉城町役場の駐車場を利用することができます。

駐車場情報は以下の通りです。

  • 営業時間:24時間
  • 駐車料金:無料
  • 駐車台数:55台ほど
  • イベント時:休日は混雑しやすいため注意

町役場駐車場が満車で利用できない場合は、田丸城本丸虎口前(玉城中学校正門前)の田丸城址虎口前駐車場の駐車場(5台ほど)を使うこともできます。

紘美(笑顔)
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バイクでのお越しの場合
玉城町役場の駐車場案内板

車でお越しの方は、玉城町役場の駐輪場を利用することができます。

駐車場情報は以下の通りです。

  • 営業時間:24時間
  • 駐車料金:無料
  • 駐車台数:10台ほど
  • イベント時:休日は混雑しやすいため注意

町役場駐輪場が満車で利用できない場合は、田丸城本丸虎口前(玉城中学校正門前)の田丸城址虎口前駐車場の駐車場(5台ほど)を使うこともできます。

紘美(笑顔)
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交通機関でのお越しの場合

交通機関でお越しの方は、田丸城駅にてお越しいただけます。

交通機関情報は以下の通りです。

  • [ JR東海 ] 参宮線「田丸駅」下車→徒歩15分
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現地取材のレビュー記事

さらに詳しくチェックしたい方は、以下旅行アドバイザーが現地取材で執筆した記事があります。

ぜひ、チェックしてみてください。

現地取材記事を見る


多気北畠氏城館跡

多気北畠氏城館跡の概要

多気北畠氏城館跡の北畠神社

多気北畠氏城館跡は、三重県津市美杉町にある続日本100名城の一つで、南北朝時代から戦国時代にかけて伊勢国を治めた北畠氏の居館跡と詰城「霧山城跡」が一体となって残る全国でも珍しい史跡です。

館と山城の両方を見学できることから、中世武士の政治・軍事体制を今に伝える貴重な文化遺産として高く評価されています。

その歴史は14世紀の南北朝時代に始まります。

鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が建武の新政を進めましたが、武士の不満から足利尊氏が離反し、日本は南朝と北朝に分かれて争う時代へ入りました。

南朝の中心人物であった北畠親房は伊勢へ下向して田丸城を築きましたが、北朝方の攻撃によって落城します。

その後、三男・北畠顕能が現在の美杉町多気に新たな拠点を築き、防御に優れた山上には霧山城、麓には居館を整備したことが、多気北畠氏城館跡の始まりとされています。

戦国時代になると、北畠氏は公家としての伝統を受け継ぎながらも武家として勢力を拡大し、伊勢を代表する戦国大名へと成長しました。

16世紀前半には7代当主・北畠晴具によって美しい庭園が造営され、館は政治や外交、文化の中心として発展します。現在も残る庭園は国の名勝に指定されており、中世庭園の優れた姿を今に伝えています。

しかし1569年、天下統一を目指す織田信長が伊勢へ侵攻すると情勢は大きく変化します。

北畠氏は和睦して信長の次男・織田信雄を養子として迎えますが、1576年の「三瀬の変」で北畠具教が討たれ、さらに霧山城も織田軍の総攻撃によって落城しました。

これにより約200年にわたり伊勢国司として続いた北畠氏は事実上滅亡し、多気北畠氏城館跡も歴史の大きな転換点を迎えることとなります。

現在は、北畠神社を中心に館跡や庭園が美しく保存され、整備された遊歩道を歩きながら中世の歴史を身近に感じることができます。

また、山上の霧山城跡へ向かう登山道では、戦国時代の山城の雰囲気を体感できるのも大きな魅力です。

歴史と自然が調和した静かな空間は、戦国史や城郭に興味のある方はもちろん、ゆっくり史跡を巡りたい方にもおすすめです。

約700年前から受け継がれてきた北畠氏の歴史に触れながら、中世伊勢を代表する貴重な史跡をじっくり散策してみてはいかがでしょうか。

紘美(笑顔)
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写真映えする多気北畠氏城館跡

北畠神社を起点に、多気北畠氏城館跡の散策は始まります。

鳥居をくぐると、すぐに霧山城への登山道入口や案内板、そして北畠神社へ向かう参道が分かれるT字路に出ます。
ここは、山上の詰城と麓の館跡という、多気北畠氏城館跡の二重構造を感じられる最初のポイントでもあります。

右へ進むと参道が続き、木々に包まれた静かな空間の先に北畠神社の本殿が姿を現します。
現在神社が建つこの一帯は、かつて北畠氏の館が置かれていた場所とされ、往時には政治や儀礼の中心だったと考えられています。
館跡は社殿周辺だけでなく北側一帯にも広がっていたとされ、歩いていると史跡のスケールの大きさが感じられます。

本殿から北へ進むと、北畠顕家像があります。顕家は北畠顕能の兄で、「花将軍」とも称された若き名将として知られています。
南朝方の中心人物として各地を転戦し、その鮮やかな戦歴から天才的武将とも語られる存在です。
20歳という若さで戦死したこともあり、今なお悲劇性と英雄性をあわせ持つ人物として語り継がれています。

さらに北へ進むと、現地でも見逃せない遺構のひとつである石垣跡があります。
15世紀前半頃に築かれたと考えられ、中世城館遺構としては国内でも最古級とされる貴重なものです。
自然石を積み上げた素朴ながら力強い構造に、中世の築城技術の一端を感じることができます。
地中調査では石垣がさらに長く続いていた可能性も指摘されており、館の規模の大きさを想像させます。

その北隣には礎石建物跡が残り、格式ある建物が存在したと考えられています。
政務や接客に関わる施設だった可能性もあり、館跡としての性格をより具体的に感じられる場所です。

さらに進むと留魂社と広場があり、静かな空気の中で史跡散策の余韻に浸ることができます。

その後いったん本殿付近へ戻り、南側へ進むと、名高い北畠氏館跡庭園へと続きます。

北畠氏館跡庭園は、多気北畠氏城館跡を訪れた際にぜひ見ておきたい見どころのひとつです。

この庭園は、7代当主 北畠晴具の時代に大規模な造成が行われ、現在につながる姿へ整えられたと伝えられています。
池を中心に景観を鑑賞する池泉鑑賞式庭園で、武家書院に付属する格式ある庭として発展したと考えられています。

園内では、池の水面に映る木々や石組、地形を活かした配置が美しく、四季ごとに異なる表情を見せてくれます。
春の新緑、夏の深い緑、秋の紅葉など、それぞれに趣があり、訪れる時期によって違った魅力を味わえます。

この庭園は単なる観賞空間ではなく、来客を迎える接客や儀礼の場としての役割も担っていたとされます。
戦乱の時代にあっても、北畠氏が文化や格式を重んじていたことを伝える貴重な遺構です。

また興味深いのは、この館跡と霧山城跡を合わせて見ることで、北畠氏が「公家的文化」と「武家的軍事力」の両面を持っていたことが実感できる点です。
山上の要害である霧山城と、麓の優美な庭園を備えた館。この対比こそ、多気北畠氏城館跡ならではの大きな魅力といえるでしょう。

静かな山あいに広がる庭園を歩いていると、戦国の城跡というより、時の流れが緩やかに残る文化遺産に触れているような感覚になります。
史跡巡りだけでなく、日本庭園や歴史文化に関心のある方にもおすすめしたいスポットです。

紘美(笑顔)
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[ 続日本100名城スタンプ ] 北畠神社 社務所に設置

多気北畠氏城館跡を訪れた際に、ぜひチェックしておきたいのが「日本続100名城スタンプ」です。

城巡りを楽しむ方にとっては定番の記念アイテムで、訪問の証として人気があります。

多気北畠氏城館跡は、日本全国にある数多くの城の中から選ばれた「日本続100名城」のひとつに数えられています。

この選出は、日本の代表的な名城を選定し、その歴史や文化を広く伝えることを目的としたもので、選ばれるのはわずか100城のみです。

日本続100名城スタンプとは、各城に設置されている専用の記念スタンプで、専用のスタンプ帳に押して集めていく楽しみ方が一般的です。

城ごとにデザインが異なり、その城の特徴や象徴が表現されているため、コレクション性が高いのも魅力です。

多気北畠氏城館跡でもスタンプが設置されており、登城の記念として気軽に楽しむことができます。

すでにスタンプ帳を持っている方はもちろん、これから集めてみたいという方にとっても、旅の楽しみを広げてくれるきっかけになるはずです。

スタンプ設置場所は、

  • 北畠神社 社務

御城印とあわせて集めることで、より思い出に残る観光体験になるため、訪れた際は忘れずにチェックしておくのがおすすめです。

紘美(笑顔)
紘美(笑顔)

日本100名城記念スタンプをコレクションしようと思っている方へ

100名城記念スタンプをコレクションする大切なものとして「100名城スタンプ帳」があります。

スタンプ帳は、公益財団法人 日本城郭協会の公式スタンプ帳があるので、こちらもお忘れなく。

スタンプ帳は、以下からAmazon(ネット通販)にて手に入れれます。

ぜひ、日本の多数のお城の中から選び抜かれた名城200城をスタンプ帳と共に巡ってみてくださいね。


アクセス

車でのお越しの場合

車でお越しの方は、北畠神社南隣の「JAみえなか スーパーみすぎ多気店」の駐車場を利用することができます。

ただ、ご厚意での駐車できる場所となっているので、利用後は気持ち程度スーパーでお買い物をしましょう。

駐車場情報は以下の通りです。

  • 営業時間:8:30〜17:00
  • 駐車料金:無料
  • 駐車台数:15台ほど
  • イベント時:混雑しやすいため注意

スーパー駐車場が満車で利用できない場合は、付近の津市美杉ふるさと資料館の駐車場を使う必要があるので注意してください。

紘美(笑顔)
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バイクでのお越しの場合
JAみえなか スーパーみすぎ多気店の駐車場

バイクでお越しの方は、北畠神社南隣の「JAみえなか スーパーみすぎ多気店」の駐車場を利用することができます。

ただ、ご厚意での駐車できる場所となっているので、利用後は気持ち程度スーパーでお買い物をしましょう。

駐車場情報は以下の通りです。

  • 営業時間:8:30〜17:00
  • 駐輪料金:無料
  • 駐輪台数:10台ほど
  • イベント時:混雑しやすいため注意

スーパー駐輪場が満車で利用できない場合は、付近の津市美杉ふるさと資料館の駐車場を使う必要があるので注意してください。

紘美(笑顔)
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交通機関でのお越しの場合

交通機関でお越しの方は、津市コミュニティバスにてお越しいただけます。

交通機関情報は以下の通りです。

  • [津市コミュニティバス] 美杉東ルート「北畠神社前」下車→徒歩1分
紘美(笑顔)
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現地取材のレビュー記事

さらに詳しくチェックしたい方は、以下旅行アドバイザーが現地取材で執筆した記事があります。

ぜひ、チェックしてみてください。

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